三島の見解

古の女子高生

【リサイタル】エリーナ・ガランチャリサイタル2022

2022年6月29日(水)19:00公演

すみだトリフォニーホール

エリーナ・ガランチャ リサイタル2022

 

 







 

 

 

おはようございます。

こんにちは。

こんばんは。

 

三島でございます。

 

 

今回は世界で活躍するメゾソプラノエリーナ・ガランチャのリサイタルに行って参りました。

 

 

 

コロナによる様々な制限も緩和され、来日公演が増えており、ガランチャの予定されていた公演の振替としてこんなに暑い時期に来日してくださいました。一流の歌手はやはりホームもしくはホームに近いところで聴きたいのが本音ですが、現状、年に何度も海外に行けない身ですので、はるばるこんな島国までやってきてくれること自体に感謝です。

 

 

 

では感想いってみよー!

ピアノソロ2曲ありましたが、触れませんので!

 

 

 

 

 

とりあえず衣装

リサイタルなのになぜ衣装の話からするのか。

 

1部は緑のドレス(タイトドレス)にお揃いのオーバースカートをつけた衣装。若干海藻。いや、とてもわかめ。オーバースカートは本体のドレスと分離している境目がわかるタイプでした。苦手ですが、一流の歌手が着ているところを見ても苦手は解消されなかったので私は苦手です。ウエスト部分にくる紐がどうしてもダサいんだよね。「こんにちは!紐です!」と紐の主張が激しい。中に通すか紐自体にアクセサリー感を出すとかできたらいいのに。上半身はボディースーツ並にピタッとしていた。歌っているときのお腹がわかりやすいドレスはありがたいね。

 

2部は黒(紺?)のAラインドレス。いわゆる声楽家が演奏会でよく着ているドレスに、白い透けてるケープを羽織っていた。ケープの下にファーがついていて可愛かった。まあケープなのに透けていてかつ下だけファーっていう「暑いんですか?寒いんですか?」スタイルでしたね。(なににでもツッコミがしたいお年頃。)ガランチャには赤いドレスのイメージがあったので、黒を着ている姿を見れるのが新鮮だったし、とても美しかった。白のケープがおロシア感があってラフマニノフチャイコフスキーを歌うのに適していると思う。しかし同じドレスでスペイン歌曲も歌っていたから特にそういう意味はないですね。

 

やはり衣装に着られないのがいいよね、歩く姿も堂々と美しく。衣装は付随品で主役は私であると。

かっこよかったです。

 

 

 

 

全曲を通して

 

私の曲です!感

暗譜とか歌詞の意味とか歌い込こんだ期間とか、自分のものにできるのには様々な要素があると思います。ガランチャがどの曲にどれだけの時間をかけてきたかを把握することはできませんが、全ての曲を自分のものにしている。オペラ歌手なので、自分のために作られた曲を歌うことがないわけではありませんが、縁もゆかりもないない人(言い方)が作ったなんか偉大な曲(言い方)を歌う機会の方が圧倒的に多いと思います。というかそれが職業だな。曲を支配し、曲で劇場を支配する。自己PRのための歌唱ではなく、歌唱で自分も音楽も全てを表現する。なんといえばいいのか。よくあるのは音楽の前に自分が出てきてしまって「オペラやってる俺。」となっているパターン。ガランチャは自分と音楽の境界線がなく、歌うこと自体がガランチャという感じ。あと、一曲一曲に敬意を感じる歌唱。頭が良さそうな人(小学生の感想)。

 

 

 

 

伴奏との関係性

私の好みは、伴奏と会話をするような演奏が好きなのですが、今回のリサイタルはそういった形ではありませんでした。各々が各々の仕事をこなしている。しかし、それは分離ではない。同時に演奏しているだけにならずに違う道を進みながらも共にいるような、安定感と一体感。無駄に絡まないシンプルさと各々が一人で立っていられるからこその職人的な演奏・融合が面白かった。

 

 

 

 

余裕

キャリアで言えばガランチャは全盛期はすぎていると思うので、「やったるでぇ!」というようなギラギラ感はない。しかし、確実に重ねた経験と世界レベルの実力で、余裕を感じさせる歌を歌う。1部では余裕を感じさせる部分の他に2部やアンコールを見据えたセーブをしているように聞こえる部分もあったが、それでも素晴らしい歌唱である。

 

 

 

 

息の流れ

フォルテでもピアノでも息の流れが一定である。これがとても素晴らしかった。発声と音量の調節機能が完全分離しており、ピアノだから音が浅くなることも、フォルテだから押すこともなく、一定した響きの中で全てを歌う。なんだろうか?普段、劇場で聞くことが多い歌手の歌唱をおもいだすと、やりたいことがあってそこに声を合わせていくような感じだが、ガランチャは発声という大きな箱の中にフォルテもピアノもドイツ語もイタリア語もカルメンも詰め込んで必要なときに必要なものを使っている感じ。全部自分のものだから、何をやっても崩れない。もう根本?土台?が違うっていうね。感動というより絶望。

 

 

 

 

 

たくさん歌われていたので抜粋して曲の感想

 

 

ハバネラ

アンコール1曲目。プログラムにハバネラが書いていなくて、ガランチャが歌わなくて誰が歌うのかと思いましたがしっかりアンコールで歌いました。どうせハバネラされどハバネラ。この曲のこなれ感異常。「生まれた瞬間から歌ってますけど?」「お前らこれが聴きたいんだろ?」って言ってた(言ってない)。ガランチャに対してカルメンが似合うオペラ歌手だとは思ってないのですが、メトロポリタン歌劇場で歌ったものをピアノ伴奏といえど、聴くことができるのは本当に光栄です。視線の使い方や動きなどもう慣れに慣れて何かをやりながら歌っても問題なさそう。

 

 

 

 

指輪が欲しい

アンコール2曲目。まさかのプッチーニ。まさかの『O mio babbino caro』。有名曲だと客席の空気が変わるのが面白いよね。ブラームスの歌曲はみんなでわからないものを理解しようとする空気で、有名曲だととりあえず楽しいって無言ながらも盛り上がりを感じた。悪くないね。「bello bello」の高音の丸さがよかった。メゾだからかな?張り上げる感じもなく、押し出す感じもなく声で半円を描く。ここが永久保存版ってレベルで美しかった。あと曲終わりの表情が可愛かった。

 

 

 

 

Не пой красавица при мне(歌うな美しい人よ)

こちらもアンコール。ラフマニノフをありがとう。プログラムの2部にラフマニノフの歌曲をいくつか歌っていましたが、アンコールでも歌いました。この曲はもう美しすぎてひれ伏すしかないのですが、メゾで劇場で日本人ではなくて聴けたのは嬉しい。ソプラノだとキンキンが否めないんだよね。これはアンナ(ネトレプコ)ちゃんが歌っても思うんだけど。だからメゾで聴けるのはラッキーだった。ガランチャの歌唱に関しては、声と曲が合っているというのはかなり良いところだと思う。しかし、収めすぎかなと。収納歌唱(?)。魅力的な歌唱ではあったものの、物足りない感じがあった。一番気になったのは、2回目の「Не пой красавица〜」の「Напоминают мне〜」以降。ppになってますが、結構声量大きめだったのが惜しい。ここで声量を落とす効果と伴奏が最初の旋律を繰り返しで弾いているのが、同時に聞こえるのがとても美しいのに、結構「歌ですけど!!!!?」という主張系(系?)だったのが、な。まあ、な。好みかな?

 

 

 

 

ラフマニノフ大先生

ラフマニノフの歌曲が聴けるのは本当に嬉しい。上にも書きましたが、ラフマニノフの歌曲はメゾ・バリトンの方があうなあと。ソプラノが歌うと曲の深みが出せない気がする。どんなに素晴らしい歌唱でも、音楽と声がお別れしちゃうんだよね。もちろん暗めのソプラノであれば曲の良さが出る気がしますが。難しい。

 

『Весенние воды(春のせせらぎ)』はピアノ伴奏がよかった。一番元気があったピアノの伴奏。『сон(夢)』はシンプルながらも美しい曲。ラフマニノフの曲にしては伴奏が伴奏っぽいのが特徴だなあと思っています。ガランチャの歌唱は余裕オブ余裕。何も気をつけることがないくらい言葉をそのまま音に乗せている。曲自体も短いし、さらっと歌ったので一瞬の出来事だった。ともあれ本当に良い機会だった。

 

 

 

 

おチャイコ

まさかのオルレアンの少女。ジェンヌ・ダルク。まさか意図せず聴ける機会があるなんて、と感動。素晴らしいプログラム。日本でロシア語の歌が多いリサイタルって本当に少ないからありがとうございます。

 

しかし、ラフマニノフの歌曲に比べてロシア語がはっきりしなかったのが気になってあんまり音楽自体に集中できなかった。チャイコフスキーのロシア語の入れ方(?)はいまいちしっくりこないから、ガランチャでも難しいのかしら?最近歌い出したわけではないと思いますが。伴奏の後半部分にかっこいい箇所が数カ所ありましたが、私はチャイコフスキーのオペラはピアノ伴奏で表現するのは無理だと思っているのでチャイコフスキーを歌うのであればオーケストラを連れてきてください。かつ全幕でお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

最後に

本公演でガランチャは、5ヶ国語(多分)で歌唱をしました。

様々な言語の曲を安定した発声(=言語によって発声が変わらない)で歌えることは素晴らしく、そしてオペラ歌手の誰もができることではありません。ただ、同時に自分の国の言葉である・ないに限らず、一つの言語の歌唱を極めてそのプロフェッショナルになることも大変難しいことです。言語の量(幅?)を歌手の良い・悪いの判断基準にしないでほしいです。歌を聴きましょう。劇場で聴きましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、今日はオペラ公演に出かけます。

 

 

 

メゾソプラノエリーナ・ガランチャ

ピアノ:マルコム・マルティノー