三島の見解

古の女子高生

【オペラ】椿姫(2024年新国立劇場)

2024年5月19日(日)14:00公演

新国立劇場オペラパレス

ジュゼッペ・ヴェルディ作曲

椿姫

お世話になっております。

三島でございます。

 

この日は中村ヴィオレッタにおかえりなさいを言う気持ちで新国立劇場に行って参りました。

 

「エフゲニー・オネーギン」ぶりの新国立劇場です。ワーグナー先生はお見送りしたので久しぶりにオペラパレスへ入りました。久しぶりに来ると新国立劇場のチープさに驚きます。我が国が誇るオペラ劇場なのですが最高に安っぽいです。

 

中村恵理さんは2022年に代役として同演目、同演出に出演。約2年後の2024年5月に本役として帰ってきました。すごい挑戦だと思います。2022年は代役いうフィルターがあったからこそ評価された部分が少なからずあったと思います。誰かに評価されるために舞台にいるわけではないですが、2022年の公演を見た人は前回以上のものを求めてくる。比較されるのは過去の自分。こんなにしんどいことはない。大きな劇場で大きな役のオファーを断ることはキャリア形成のためにはあり得ないと思いますが、よく戻ってきたなと思います。まずその決意を讃えます。

 

それでは感想言ってみよー。

前回と書いてある部分は2022年公演の話をしています。

(以下敬称略)

 

オペラを見ている感

久しぶりにオペラの中身に集中できました。全員の技術面が完璧であったわけではありませんが聞き流せるくらいのレベルでした。あれ?なんで?と頭の中が止まってしまうことがなかったです。私が勝手に止まっているだけなんですけど。そういうことがないのはありがたいです。

 

オペラって音楽が第一でジャンルもお芝居ではなくて音楽なのですが私はお芝居として見ることを望んでいます。それはつまり面での品質を保証してくれることを要求しています。

 

お芝居として1番面白かったのが、2幕1場のヴィオレッタとジェルモンの会話の場面。ヴィオレッタが「私は死にます!」と宣言する部分。”Morrò!”と歌ったときにジェルモンが鼻で笑いました。小馬鹿にしたような笑い方です。驚いた。怖っと思ってしまった。

 

ジェルモンの本性です。あなたの苦しみはよくわかるよ、私の願いを聞き入れてくれてありがとう優しいこと言ってますが絶対本心じゃないじゃん。多くの人が理解していることだと思いますが露骨に表面に出されると衝撃が大きい。内心は死ぬほど馬鹿にしてたんだな。まじ嫌なやつ。「死ぬ!」って言ったのを笑うんだよ。怖過ぎでしょ。カスティーリョが演じるジェルモンって裏社会の人っぽいなあと思ってみていたらこの場面で追い裏社会がきた。

 

最後に部屋から出る部分も話の決着はついたからさっさとこの女から離れたいような感じが出ている。全くもって紳士じゃない。ヴィオレッタのことをよく思っていないのがわかりやすい。

 

中村ヴィオレッタは前回よりも女の子ぽさがありました。前回はアルフレードに対してお姉さんのような振る舞いをしていて一生懸命面倒をみているようにみえましたが、今回の関係性は対等に近いかと思います。無理していない感じが良い。

 

前回は落ち着いて自分が歩かなければいけない運命を強く受け入れているような気がしましたが、今回は受け入れつつもどこか逆らいたい雰囲気がありました。前回と同じ仕様のヴィオレッタがいると思っていたのでこの変化に驚きつつ同じように演じることをしない中村の意思を感じました。中村は2回目ですがアルフレードとジェルモンは違う歌手なので相手が変わることによる変化を楽しんでいるのではないかなと思います。私も楽しい。

 

アルフレードは背が高い。ビジュアルだけだとシュッとし過ぎてアルフーレドなのか?と思っていたのですが、表情のあどけなさや感情を抑えきれていない行動に若さを感じしっかりアルフレードであることが確認できました。中村と絡んでるとドキドキするような美しさがあります。色気があるわけではないのですが幼さゆえの危うさがあります。2人が噛み合ってない感じが立場の違いを表現できています。

 

ヴィオレッタに捨てられて床に寝転んでしまうほどショックを受けたり、そこからの反動で乗り込んでいき感情を爆発させたり、その行動を後悔したりと忙しく繊細な心理描写が上手です。

 

前回はソーシャルディスタンス公演だったので絡みが少なかったのですが、今回は寄り添って歌う場面が多いので同じ演出でも違うものを見てるみたいでなんだかお得です。

 

お歌のお話

オペラの中身に入っていけたのでお歌の事は書かなくてもいいんじゃないかと思いますが、歌手の声の印象と気になる部分は書いておきたいので数行書いて終わりにします。

 

中村はもっと上手に歌えると思いましが別人かと疑いたくなるくらいおかしかったわけではないので良いです。上手な方だと思います。

 

1幕1場のアルフレードとの会話で”Ah,se ciò è ver,fuggitemi”からの高音と細かい音型のはまりが悪いのが気になりました。その後の”Dimenticarmi allor”は音が変わるごとに切れ目ができてしまった。音のラインを崩さずに歌える人なので頑張って欲しい。“Sempre libera〜”の最高音は出していたけれど遠慮がちでハマりきっていなかった。すぐ降りてきたし。ここは上げなければならないものか。

 

2幕2場の”Alfredo,Alfredo,di questo core〜”部分の柔らかさがとても美しかったです。優しくアルフレードに向けて歌っている。届いていないけれど。哀愁があり美しかった。とても丁寧な歌い方でした。

 

3幕のアルフレードと一緒に歌う場面の”De’ corsi affannicompenso avrai”は中村が世界一上手と言っていいくらい完成度が高い。死に際だから元気に歌ってしまうと場面と合わなくなってしまうのに元気に歌う歌手が多い。中村はきちんとしたpianissimoで病気で呼吸が上手にできていない息切れの表現ができる。

 

ジェルモンのグスターボ・カスティーリョはメインのお歌の2曲の出だしから2フレーズくらいまでは力が抜けており響きも集まっていて綺麗です。だんだん広げ出す癖があるのか曲の最後の方は絶叫1歩手前みたいな歌い方をしていました。2幕2場の終幕間際の全員で歌う部分は1人だけ声の目立っているのでもうちょっと調和してもらえると嬉しいです。

 

アルフレードリッカルド・デッラ・シュッカはイタリアのアトリご出身との事ですがイタリア語ネイティブに求めたい母音の明るさはありません。イタリア人なのにイタリア語がヘロヘロしてるのが気になりますが、日本人歌手でも日本語で上手に歌えないことはよくあるので気にしないようにします。そういう人もいます。

 

やや大雑把な発声ですが、高音を勢いに任せて出さないところは良いことです。声を出すときに声がそのまま前に来るのではなく、奥にいって後ろから出てくるような声の出し方は満点です。大変抽象的ですが正しい声の出し方ですね。

 

1幕1場で舞台袖から歌うときに出だしの音が力んでいました。二重母音っぽく聞こえる現象が起きてました。

 

オーケストラと合唱

オーケストラは終始大人しめです。4月にエレクトラ(シュトラウス作曲)というスーパード派手オーケストラのオペラを聞いていたので今の私はこれぐらいでちょうどよかったです。なんか癒された。

 

3幕の“Addio, del passoto”のテンポ感が謎でした。無駄に緩めているような。このお歌って淡々とした中に感情が爆発するような部分があるのが面白いのではないのか?緩めると方向性変わってしまわないか?中村も歌いにくそうだった。

 

2幕1場のヴィオレッタの”Non sapete〜”と歌っている間に入ってくる音の主張が少なかったのが気になる。同じく3幕のヴィオレッタの”Prendi;quest’è l’immagine〜”と歌っているときに一緒に演奏している死への階段を登っていく音型(と勝手に呼んでいる)にも同じことがいえる。もっと主張が強くてよかったのではないかと思います。

 

合唱団は相変わらず歌はお上手で。なによりです。そして相変わらず動けない。なによりです。新国の合唱団の動きは褒められるところはないけれど癖になる。安心する。登場シーンの足のバタバタ音が目立った。その歩き方はコンビニ行くときの歩き方だから。2幕2場の女性陣のくねくねした動きはどうにかならないでしょうか。前回もそうだったので想定はしていましたが気になる。ここはカットでいいんじゃないかって思うくらいださい

 

中村恵理

もっともっともっと上手に歌える人だと思いますがそれでもよく歌ってくれました。ヴィオレッタが本当に似合います。蝶々さんではなくヴィオレッタなのです。本格的にレパートリーに蝶々さんを迎えたことにより声の疲労や発声の崩れが心配でした。前回のような繊細なお歌は聞けないんじゃないかと思っていましたが丁寧に、軽く、そして細やかに歌ってくれて安心しました。

 

ヴィオレッタが似合う理由は死に向かって歩いて行く女を演じることが上手だからです。これは前から私が言っていることです。

 

いわゆるベルカントの範囲内で物凄くドラマチックに歌って表現してくれるところが大好きです。新国立劇場だけでなく様々な劇場で恵まれた共演者・スタッフと共にヴィオレッタを演じてほしいです。ヴィオレッタとして何度も死んで何度も生まれ変わってきてほしいです。

 

日本人のヴィオレッタは不安だと思って観劇ををためらっている方がいたらなんの心配もいらないので劇場に行ってください!と言います。保証しますよ!

 

以上です。

 

ヴェルディのオペラってよく考えられているなあと改めて実感。歌わせるための音楽が存在しますね。

 

和士くんは良いキャスティングをしました。自分が振らなくても良いキャストもってこれるんだね。

 

千秋楽までにどんどんよくなっていくのだろうな。楽しみ。

 

おしまい。

 

指揮:フランチェスコ・ランツィロッタ

演出・衣裳:ヴァンサン・ブサール

ヴィオレッタ:中村恵理

アルフレード:リッカルド・デッラ・シュッカ

ジェルモン:グスターボ・カスティーリョ

フローラ:杉山由紀

ガストン子爵:金山京介

ドゥフォール男爵:成田博之

ドビニー侯爵:近藤 圭

医師グランヴィル:久保田真澄

アンニーナ:谷口睦美

ジュゼッペ:高嶋康晴

使者:井出壮志朗

フローラの召使:上野裕之

合唱:新国立劇場合唱団

演奏:東京フィルハーモニー交響楽団

Bプロ【コンサート】アスミク・グリゴリアン ソプラノ・コンサート

2024年5月17日(金)19:00公演

東京文化会館 大ホール

NBS旬の名歌手シリーズ2024-III

アスミク・グリゴリアン ソプラノ・コンサート(Bプロ)

お世話になっております。

三島でございます。

 

水曜日に引き続き東京文化会館へ。

待ちに待ったBプロです。

チャイコフスキー先生とシュトラウスおじいちゃんの曲を同時に聞けるプログラム構成です。ありがたいですねー。

www.nbs.or.jp

 

Aプロの感想はこちら↓

mishimashikahika.hatenablog.com

それではBプロの感想いってみよー。

(以下敬称略)

 

お衣装はAプロ同じものを着ていました。前半後半でもお着替えなしです。この二公演できたのは一着だけです。ドレスの派手さで勝負しないところすごく好きです。

 

このドレス↓

www.instagram.com

 

前半戦はAプロと内容は変わりません。

お歌に関しては

Mesicku na nebi hlubokém(月に寄せる歌)/「ルサルカ」より(ドヴォルザーク作曲)

Пускай погибну я(私は死んでも良いのです)/「エフゲニー・オネーギン」より(チャイコフスキー作曲)

Ах, истомилась я горем(ああ、悲しみで疲れ切ってしまった)/「スペードの女王」より(チャイコフスキー作曲)

かつて柳の木があった/「アヌッシュ」より(ティグラニアン作曲)※原題略

です。

 

後半はシュトラウスの大きい大きい曲たちです。

Ich kann nicht sitzen und ins Dunkel starren(私は座っていることもできないし、飲んでいることもできない)/「エレクトラ」より

Ah! du wolltest mich nicht deinen Mund küssen lassen,Jochanaan!(ああ!ヨカナーン、お前の唇に口づけをしたわ)/「サロメ」より

 

この公演の感想をどのようにまとめればいいのかわからない。コンサートの感想は曲ごとに書くことが好きで今回もそのつもりで書いていたのですが上手くいかない。音楽の中身より声のことが気になりました。曲ごとに感想を書くと同じことを繰り返しているだけになってしまいそう。

 

本当はタチヤーナがどうだったとかサロメがどうだったとか書きたいのですが。できない。この更新では曲の感想を混ぜながらアスミクの声に注視した感想を書きたいと思います。

 

無味無臭

アスミクの声は色がないと思いました。良い意味でも悪い意味でも。

 

良い点は、アスミク自身の声の主張がほぼないので曲そのものの良さが伝わりやすいところです。歌っているときは役の後ろに影を潜め私が歌うからこうなる、こう表現するというよりは本来の役の立ち位置がどこなのかに気をつけて歌っているように感じました。

 

役よりも歌手本人が前に出てきてしまいどういった曲なのかわからなくなることがあります。自分の曲のように歌うことは好みですが度が過ぎてはいけません。アスミクはどこまでいってもそのようなことにならなそうだなと思いました。歌っているアスミクと監督しているアスミクがいるのでこの監督が引退しない限りは大丈夫。

 

ただこれは歌唱技術が安定している場合だからこそ効果を発揮するのであってこの公演のように発声で気になる部分が多いとそちらに気を取られてしまうので音楽が楽しめません。これが悪い点です。

 

完璧に歌えるからこそ曲の色がわかるのであって、歌えなければ何がなんだかわかりません。自分の色が強い歌手であれば押し切ってなんとなくそれなりのものを披露し、こちらもなんとなく聞けた気分になってくるのですが。アスミクにはできない技です。

 

つまり、アスミクの声は音楽を邪魔せず本来の良さを伝えることに優れているけれど、この公演では伝えることに必要な技術がぶれてしまったということです。

 

硬い

前半戦は声の硬さがひたすら気になりました。

 

1曲目のルサルカではAプロの感想でも書いた通りフレーズの最初に力みがあり、勢いをつけて歌っていることがわかりました。ある程度力をかけて第一声を出すことにより音の焦点を定めているのでしょう。確かに安定します。安定するというか安定している気分になる。歌っている感がでるんだよね。でも聞いていて邪魔になるのです。その力みが音楽の流れを壊す。

 

流れが美しい曲のはずですが時々切れてしまうので全体の美しさが感じられませんでした。それでもAプロよりは流れがあったと思います。特にサビ(といったら怒られる)部分では喉が上がってきてしまっているようには見えないのに音が上っ面になっていました。声もさらに硬くなる。響いてはいるのですが伸びやかではない。

 

ただ、最後の”nezhasni!”への降り方は綺麗でした。急降下するのではなくフワッと降りてくる。低い音への着地がとても丁寧でした。

open.spotify.com

アルメニア

アヌッシュという名前のオペラでアヌッシュという女性が歌っている曲なのにアルメニア語っていう方がしっくりきている。

 

これもAプロと同じ感想なのですが、アルメニア語を歌っているときのリラックス具合が大変心地良いです。上で書いた硬さがなくなるわけではないのですが良い方向に変わります。硬いのが声ではなく声の芯になります。

 

チェコ語・ロシア語は口の中の高いところで声がつくられておりますが、アルメニア語の場合は位置が少し下がります。下がることによって響きがまろやかになり無理しているようなきつい響きがなくなります。アルメニア語で歌うときのポジションがアスミクが完全にコントロールできる位置なのでしょうか。

 

高ければ高いほど良いと思っていましたがコントロールを失ってしまえば意味がないことを知りました。響きが上にいるだけになってしまう。高いポジションが手に入りました、さてどうしますか?と話が続くわけですね。長い道のりだ。

 

まとめると、イタリア語はかなり上・奥で言葉と音がつくられており、ドイツ語とロシア語はイタリア語の位置より少し下で音がつくられ言葉は前の方で捌いていました。そしてアルメニア語は上記の言語よりも更に下で言葉と音がつくられているという印象を受けました。

 

もちろん音の高さによって違いは出ますが定位置はこのあたりかな。書き出すと言語の違いを把握し切り替えているような知的な歌唱に思えますが、正しい方に作用していたのかは疑問。

 

チャイコフスキー

前半戦のチャイコフスキーの曲たちはこちらもAプロと全く感想は変わらず。タチヤーナは無理して声をつくっているような印象があります。出だし”Пускай”を音を掘るように歌うのが気になりました。押し広げるの方が伝わるかな?このような歌い方が好きな人もいそうですがここではそのような歌い方はいらない。もっと自然に歌えばいいのにな。

 

ロシア語の言葉さばきに関してはやはり美しく迷いがないです。ルサルカ同様に声の硬さはあるので音が伸びやかではないですが。中音域で言葉を捌く部分は疲れを感じました。

 

テンポ感が独自すぎる。どのような効果があるのでしょうか。想定しないところで急いだりゆっくりしたり。上手に歌うためにやっているのでしょうがなんか邪魔。テンポの主導をオーケストラではなくアスミクが持っているので本来の曲とのバランスが悪い。タチヤーナのこの曲はオーケストラに道をつくってもらった方が綺麗に聞こえる。

 

この曲に対してオーケストラと会話しているような印象をもっております。そこが大好きなのです。しかし一切会話してなかったな。後半戦のシュトラウスの曲たちもそうですがオーケストラの仕事が多い曲ばかりだったのでもっと頑張って盛り上げて欲しかったです。

 

リーザは安定していた。言葉が自然に出てくる。Aプロで気になった”и”の悪目立ちも少なくなった。

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で、シュトラウス

待ちに待ったシュトラウス。まさかの譜面あり。いや、あなた、これがメインなのに譜面見ちゃうの?と心の底から思いました。

 

オーケストラに関してはみんながわかっていた通りの品質です。誰一人脱落しなかったことは良いところです。みんなで登ってみんなで降りてきた。素晴らしいことです。

 

大変に平面的!シュトラウスの音楽を薄くのっぺりと演奏できるもんだなと新しい発見です。活気のない演奏ができないつくりだと思っていましたができちゃうものですね。

 

丁寧に実直に演奏してくれた事は伝わりますが、それではシュトラウスの曲の演奏として物足りないです。物足りない?別物だぜ?シュトラウスのオペラのオーケストラは伴奏ではないです。共闘です。

 

こういうことを後から書くと格好悪いので、先にはっきりと書いておけばよかったなと思います。私は曲目が発表された時点でマジで頑張ってと思ってAプロのオーケストラを聞いてBプロはやばいだろうなと思いました。覚悟できてたので落ち込まずに済みました。

 

7つのヴェールの踊りの弦の入りがスカスカの上っ面も良いところでびっくりしちゃった。かっこいいところなのにもったいない。

 

この部分↓

youtu.be

 

アスミクがそこまで安定してないので、求められるレベルの演奏できたら声をかき消してしまった可能性があります。結果オーライな部分はありますね。

 

クリソテミスの最初のフレーズを聞きましたか?ここは本当に素晴らしかった。パーフェクト!それできんのかいって思いました。全ての音と言葉が自然に飛んでいきます。自然な声。アスミクの声ここにありって感じ。

 

チェコ語・ロシア語だと声の硬さが表面に出てきますが、ドイツ語を歌っていると硬さがドイツ語にうまく包まれます。お持ちの声とドイツ語の発音の相性が良いのでしょう。

 

クリソテミスは細さが気になりました。Aプロのマノンと同じような現象です。芯は通っているし全曲の中で上手だった方ですが細い。そして淡々と歌うのでクリソテミスの訴えが伝わらない。オーケストラがおとなしいのも原因の1つですがドラマチックに歌ってほしい。

 

シュトラウスの曲を歌っているときはAプログラムの時にあれほど美しかった口のフォームが崩れました。もちろん綺麗なときもありますが、音を伸ばしている最中に無駄に口が動いたり下唇にときどき力が加わっていたりしていました。サロメエレクトラを綺麗な口の位置を保ったまま歌うなんて不可能だとは思いますけど、2022年にアスミクはやっていたのでできるはずなのですが。もう過去の話なのでしょうか?

 

サロメは低音を全て捨てにいった。高音から低音まで急上昇急降下するのが面白くそれに対応できるからすごいのであって低音を丁寧に歌うことを諦めたらそこらへんのソプラノと変わらないじゃないか。アスミクが歌うことの価値が得にくい仕上りになっておりました。

 

アンコールは無し。シュトラウスの長い曲を歌った後なので体力的な問題かなと思いましたが、オーケストラが楽譜を開いていたので予定はあったのかもしれません。21時を過ぎていたので時間の関係かな。詳しくは知りません。

 

アスミク最高!万歳!と全方向から褒め称える感想を書くことになると思っていました。それくらい2022年のサロメは衝撃的でした。このときが果たして本当に上手たったのか疑っています。サントリーホールのおかげだったのかもしれないし共演者が強かったからかもしれない。悔しいですね。

 

以上です。

 

来日コンサートが発表されてから本当に楽しみにしていたので今の自分の思っていることを書くと過去の自分を裏切るようでとても悲しいのすが、私の耳が感じ取ったことを書きました。

 

遠い遠い島国まで来てくれてありがとう。

またどこかで。

 

休憩時間にお話ししてくださった皆様ありがとうございました。乱入してしまいすみませんでした。大変楽しかったです。

 

NBS

ソニア・ヨンチェヴァを召喚してください。

 

おしまい

Aプロ【コンサート】アスミク・グリゴリアン ソプラノ・コンサート

2024年5月15日(水)19:00公演

東京文化会館 大ホール

NBS旬の名歌手シリーズ2024-III

アスミク・グリゴリアン ソプラノ・コンサート(Aプロ)

 

お世話になっております。

三島でございます。

 

この日がようやくやってきました。

アスミクさん再来日です。

www.nbs.or.jp

2022年のサロメは衝撃的でした。発声の正しいポジションを守りながらサロメが歌えるものかと。1回しか行かなかったことがいまだに悔やまれます。脱線しちゃうから一言だけにしますが、このサロメ以上にメインキャスト全員が強い公演には巡り会えていません。

 

この公演のプログラムは大変に興味深いです。まず、前半にチャイコフスキー先生のお歌が2曲と私たちが大変に得をする嬉しい構成です。そしてなんと17日(Bプロ)にはシュトラウスおじいちゃんが登場。休憩やオーケストラ演奏を挟むといえどタチヤーナ→クリソテミス→サロメを歌うという過労プログラムです。

 

日本のオペラファンの平均的な好みをフル無視する攻撃力の高いプログラムです。つまり嬉しいということです。ありがとうございます。

 

珍しくチケット発売日に購入しました。早く買うとそれまでに飽きちゃう可能性があるからギリギリまで買わない人なのですが今回は良い席で聞きたかったので早めの購入。後、発券したら無くすのでギリギリまで待っておきたい。

 

ゴタゴタ言っている場合ではない。

感想いってみよー。

(以下全て敬称略)

 

全体的に

お衣装は黒のスリットが入ったノースリーブのドレスでお着替えはなし。デコルテは出さずに首の付け根まで覆われている絶対に着る人を選ぶであろうドレス。首が短い民への殺傷能力が高そうなドレスです。アスミクのビジュアルの強さに感動です。

 

ハイヒールはルブタンではない。レッドソールではなかったから。パーぺのおかげでルブタン探索隊になりました。ありがとうパーぺ。色はベージュ。素材はエナメル。ヒールは太め。9cmはあるかと思います。

 

2022年のサロメのときにも思いましたが相変わらず口の開け方が綺麗ですね。

 

口を縦に開けたときに口周りが無駄に緊張せずに綺麗に縦に開きます。口周りの筋肉が適度に緩んでいるので筋張ったり硬そうだったりしません。縦には開いているけれど力技で開けていると口周りが硬まっているように見えますがそんなことはない。(後半は崩れてきたけれど。)

 

「a」や「o」などは常にパカッと開いている。声を出した後に口の開き方を調整することもなく瞬時に正しい位置にいけることは素晴らしいです。歌っている途中に口の形が変わることがいかに間違っているのかがわかりました。

 

口の縦の開き方もそうですが下顎に力が入ってないのもプラスで素晴らしいところです。特に高音域を出すときに無駄な力を入れずに顎が下がります。こちらも力で無理矢理顎を引っ張っているわけでもなく、またガクッと落ちてしまうわけでもない。

 

顎を下げるというのは顎を落とすとは違います。これが紛らわしい。脱力していることは良いころですがコントロール外になってしまったら良いとはいえない。ときどきただ落っこちているだけの歌手もいますね。それでも上手な人は上手なので意味不明です。参考にはなりません。アスミクは本当に綺麗です。口のポジションの参考素材としてとても良いと思います。

 

私が1番好きな参考素材は昔々のネトレプコです。美しいー。(埋め込みできなかった。8:10〜)

https://youtu.be/Z9TCn-SBNOI?si=-X8Rd5vaGFSW-UMX&t=490

 

アスミクの口のフォームの話は一生していられるかもしれない。終わりにしよう。

 

ポジションが正確なので発音ごとに音色が変わることがほぼなくまた高音ジャンプのときに寄り道することも時差が発声することもほとんどありませんでした。このあたりのストレスのない歌唱は聞いていて大変に楽です。上手な歌手の特徴です。

 

通して気になったがフレーズの最初の言葉を押し気味に出すことです。上手に説明できないけれど例えるなら出だしの母音が二重になるような感覚です。えーじゃなくてぇえーみたいな。激しくやっているわけではないので気にしなければ気にならないのですが。気になっちゃった。フレーズの出だしの音以外はそのような歌い方をしなかった。癖なのか?最初を強くすることでバランスを取っているのかな?

 

女たちの意思や感情を見せてくれるような歌唱表現ををするかと思いましたが、意外にも人のものを借りてきているような歌い方をするので、こちらも物語の中に入っていけなかったなぁと言うのが正直な感想です。この曲は私のためにありますけど?みたいなテンションで歌ってもらえると私は楽しいです。

 

初来日ではないけれどソロコンサートは初めなので、まだまだ日本の聴衆に対して探り探りな部分があったのではないでしょうか。このあたりはBプロには改善されるかもしれません。

 

口の開き方は大変に美しいのですが、それだけで上手に聞こえるわけではないことを学びました。

 

作曲家ごとに曲の感想ちょっと書いて終わります。

 

オーケストラ単体の感想は前方の席で聞いたこととどうせ金曜日(17日)のシュトラウスであーだこーだ言うので今回はやめておきます。

 

ドヴォルザーク

Mesicku na nebi hlubokém(月に寄せる歌)/「ルサルカ」より

出だしのオーケストラが全く歌わせる気がないような前奏でどうやってこれに乗っかれと?と思いましたがアスミクは一流なのでふつうに歌い出しました。でもイマイチ乗り切らないです。せっかく前奏があるので上手に乗っかりたいし乗っかってほしいよね。もっと誘い込んで。

 

上で書いた出だしの無駄な力みが最も気になった曲です。リーザを聞いた後だから言えるけれど声のポジションが上がり気味だったと思います。薄っぺらい声だった。緊張していたのかな?なんか心ここにあらずのような歌い方でした。”vzpome nul ve snění na mne “あたりで一回溜めたの(rit.なご様子)があまり効果的ではなくなぜ止まった?と思いました。声は伸びていたけれど音楽が途切れているように聞こえました。

 

大丈夫。日本の聴衆は優しいから。最悪でもがんばったで賞の拍手がもらえるから。安心して歌って。

 

このお歌の流れの美しさはロマンティック大賞だと思っています。ひたすらに綺麗。届きそうで届かない感じがな。絶妙なところで下降してくるんだよね。金曜日はより良いものを聞きたい。

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チャイコフスキー

Пускай погибну я(私は死んでも良いのです)/「エフゲニー・オネーギン」より

こちらも謎の溜めが気になった。正確に覚えているのは最初の”погибну я”の高音ジャンプ前の溜めのお時間。これは音楽表現の理由ではなく高音を上げるための準備時間ですよね?弦楽器の迫ってくるような前奏の音楽をなかったことにしてしまうのであまり好きではなかったです。

 

ロシア語がロシア語に聞こえるのは気持ちいいですね。子音を早く捌きつつ母音の音は丁寧。一緒に母音まで捌かないところが良い。喋っているようだけれど歌であることは忘れていないような感じでした。素敵です。

 

声はルサルカが上気味だったのに対しタチヤーナは暗い。暗いのはいいのです。ただアスミクの場合はつくっているような暗さがあり、持ち物ではないような声の質が気になりました。そんな声で最後までタチヤーナを歌えるのか?と思いましたがいつも間にか良い声になっていた。

 

オーケストラがおとなしくなる”слова надежды мне шепнул?”がとても綺麗だった。淀みのない声が静かな空間の響き渡るのは気持ちいいですね。

 

ルサルカの低音域は声量はないものの無理に押し出さない歌い方が綺麗でしたが、タチヤーナの低音域は埋もれ気味でした。オーケストラが元気なことも理由の一つでしょうか。

 

Ах, истомилась я горем(ああ、悲しみで疲れ切ってしまった)/「スペードの女王」より

タイトル部分のちょっと前から歌ったか。

 

同じチャイコフスキーで言うならばこちらの方が断然に良かった。声が素直に出ているし音楽の流れも綺麗。上手なスタートが切れなかったルサルカ。なんとか調整して頑張ったタチヤーナ。完成系に近づいたリーザというところでしょうか?リーザから歌うか?重いコンサートになるぞ?

 

全体的に良かったものの

”Я истомилась! Я исстрадалась!”の「и」の悪めだちが気になりました。口を横に引っ張ることはしないのですが、声がこの母音だけ固くなってしまいました。

 

17日にもう一度聞けるのが楽しみだ。

 

ティグラニアン

かつて柳の木があった/歌劇「アヌッシュ」より

正確な原語の表記がわからないの邦題のみ記載しました。

 

アルメニア語に関しては何も存じ上げないのです。

 

Հայաստանի Հանրապետություն

 

このような文字を使う言語だそうです。

アルメニア文字。皆目見当つかない。でもかっこいい。

 

新しい世界を教えてくれる歌手には大変感謝します。自分だけでは到底辿り着けない世界に連れて行ってくれる。アスミクが歌うからと思い音源を探しオペラの内容を確認する。大事な時間です。ありがとうございます。

 

発音や表現に関しては何も分かりませんがアルメニア語で歌っているときが一番響きが集まっていると思いました。眉間あたりに集まっている自然な響きが大変に美しかったです。聞いている限りでは技術的に求められる部分は少なそうなので歌いやすかったのかもしれまぜん。

 

声が大変にリラックスしていて高音を出させるのが申し訳ないくらい力の抜けた良い声だった。

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プッチーニ

みんな大好きプッチーニのコーナー。オーケストラはプッチーニだとマジ元気。

 

プッチーニの曲たちの歌唱を聞いて一番に思ったことはアスミクもほわほわイタリア語部の一員ということです。

 

前半でチェコ語ロシア語を歌ったときよりも声をつくっている位置がさらに奥、そして高いところにいきました。それ自体は素晴らしいことです。ポジションだけでいえば完璧だったのにさらに上げてくることができるのだなと思いました。

 

しかし声をつくる位置が奥になったためか言葉が前に出てこないです。引っ込み思案なイタリア語です。引っ張り出したい。先日来日したヨンチェヴァもイタリア語がはっきりしないことは同じですが、ヨンチェヴァの方がアスミクより声の芯が太いかつ声量があるのでそんなものかですませられますがアスミクの場合はただただイタリア語が引っ込んでいることが気になった。

 

上の方で書いた口周りの筋肉が硬くなりだしたのも気になった。プッチーニ恐るべし。

 

それにしても1曲が長くないけれどよくもまあプッチーニのメインどころ何曲も歌えますね。純粋にすごいと思いました。

 

Sola perduta,abbandonata(捨てられて、ひとり寂しく)/「マノン・レスコー」より

こちらはですね、私の頭の中にヨンチェヴァが出てきました。

 

弱い。声が弱い。音楽に押されないで自立した発声をキープしてることは素晴らしいのだけれど感情表現が薄いプッチーニの曲はあまり面白くない。動き回るよりも内面から出てくるもので勝負しているようにも見えない。

 

”Orror!”のはまらなさ。サロメのときには感じなかった低音域の弱さ。プッチーニ恐るべし(2回目)。最後の”non voglio morir”なんて3回同じこと言ってますから。でも訴えかけるものがなく。寂しい。完璧な発声と共に女優並みの表現力を求めたい。

 

Un bel di, vedremo(ある晴れた日に)/「蝶々夫人」より

表現力はこの曲が1番高かったと思います。表情も豊かでこのオペラの場面を思い出しました。

 

O mio babbino caro(わたしのお父さま)/「ジャンニ・スキッキ」より

ソプラノアンコール課題曲をまさかの本編に入れ込む。完全に好みの話になりますがこの曲は本編よりもアンコールで、サービス的に歌われた方が映える曲だなと思いました。本編に入れ込むことで面白みがなくなるちゃった。いわゆるpianissimoが小声だった。それはpianissimoではない。

 

Tu che di gel sei cinta(氷のような姫君の心も)/トゥーランドット」より

Vissi d'arte(歌に生き、愛に生き)/「トスカ」より(アンコール)

も歌っていました。プッチーニの有名どころを浴びてお腹いっぱい。

 

ここまで書いてわかりましたがアスミクのプッチーニ歌唱には疑問が残ります。プッチーニを歌うことはキャリアとしては正解だろうけれど、音楽的に正解なのかがわからない。

 

以上です。

 

プッチーニを歌うことによってヨンチェヴァの凄さを思い知った。

 

そして!そして!

幕間にオネーギンのスペシャリストである茅野先生にお会いできました!オネーギンぶりにオネーギンで再会です!嬉しい!

 

さてさてBプロがやってきます。

シュトラウスおじいちゃんがやってきます。

オーケストラまじ頑張って。シュトラウスに食われるぞ。

 

おしまい。

【コンサート】わが故郷~歌曲とアリアで紡ぐ作曲家たちの起源旅(ヴィタリ・ユシュマノフ&山田ありあ)

2024年5月5日(日)17:30公演

ラ・フォル・ジュルネTOKYO 2024

丸の内エリアコンサート

明治安田ヴィレッジ 1Fアトリウム

わが故郷~歌曲とアリアで紡ぐ作曲家たちの起源旅


お世話になっております。

三島でございます。

 

この日はお昼に渋谷でミュージカルを見た後に東京駅方面へ移動しラ・フォル・ジュルネTOKYO 2024の無料コンサートを聞きました。

 

そうなんです。無料なんです。

無料は高いんだよ。無料が結局1番高いんだよ。

500円でも1000円でも良いからお金を取ってくれ。無料は怖い。

 

無料だし劇場でもないので緩い感想を。

(以下敬称略)

 

印象の変化

ヴィタリ・ユシュマノフは新国立劇場で何度かと新宿でオネーギン(なんと2021年の出来事)を歌ったときに聞いております。

 

この公演を聞いて印象が良い方向に変わりました。

 

パワー系バリトンのイメージが強く勢いで歌っている印象がありましたが、この公演では声を張っているように聞こえることが少なかったです。もちろんゼロではありませんが。音響設備が整っていない環境だからこそ力で解決したくなりがちですが、ポジションを保って歌っているように見えました。

 

声量の大きいオペラ歌手であれば建物中に聞こえるような声で歌うと思いますが(つまりうるさい)、ユシュマノフの声の通り方を思い出すと周辺にいる人がちょうどいい音量で楽しめるので声量はそこまでないのかなと思いました。

 

声量が小さいことは響かせる技術さえ持っていれば大したマイナス点ではありませんが、私はユシュマノフの歌唱を大きい劇場で聞く機会しかなかったのでちょうどマイナスに作用しているときに聞いていたことになります。

 

マイナスに作用しているとはお持ちの声はそこまで大きくないところに、

①響かせる技術が不足している

新国立劇場は大変にシビアな響きをしていてるしsもそも劇場が大きい

という条件(一例です)が揃ってしまったときのことです。その状況下でお仕事をしなければならないので力技で歌うしかありません。押せ押せだけで歌うのは絶対的に間違いですが、ブレない響きや確固たる技術を持っていないと力技に頼ってしまいますよね。

 

①だけならそれなりに聞こえるように協力してくれるサントリーホールのような劇場や小さな劇場であればよく聞こえる可能性があります。②だけでもお持ちの技術(響き)さえしっかりしていれば問題なく声が届きます。

 

この公演はでは両方該当しているように思えました。響きを助けてくれる環境でもありませんし大きい劇場で響く声なのかといえばそうではありませんでした。ただ、ピアノ伴奏ということと観客との距離が近いということでオープンスペースで設備の整った会場ではありませんが声がよく届いていました。

 

そもそも音響設備に頼ることのなくこのレベルの歌唱ができることは流石だと思います。

 

個人的な希望と致しましては小ホールでピアノ伴奏と「しっとり演奏会」を行なってほしいです。こちらの方がお持ちの声が良いことがよくわかると思います。でもオペラ歌手たるものオーケストラ伴奏で歌ってなんぼなんでしょうね。

 

そうそうこういうことー!という演奏会があったそうです。2023年末に。あれ?逃している?逃している!茅野先生シェアありがとうございます。

 

 

トレパーク(ムソルグスキー作曲)

曲ごとに感想は書かないのですが、トレパークは好きなので数行書いておこう。

 

テンポは全体的にゆっくりめでした。緩急もあまりなく正直にいうと一本調子すぎて面白みがなかったです。言葉を裁くのに必死で音楽表現のようなものは感じませんでした。譜面見ていたからかな?フレーズの途中から発声が浅くなってしまいフレーズの最後はシャウトまではいかないけれど力技で頑張っているように聞こえました。

 

ピアノ伴奏が淡々としすぎていたのも面白みがなかったことの原因かもしれません。

 

日本語

日本歌曲の歌い方が気になりました。先に書いておきますがユシュマノフが外国人だから気になったのではなく日本人オペラ歌手でも同じことがいえます。

 

「荒城の月」(瀧廉太郎作曲)がわかりやすかったので代表例として挙げておきます。

 

まず出だしの歌詞「春高楼の花の宴」部分が最初の3つの音、「は」「る」「こ」以降の歌詞が不明瞭で全く聞き取れませんでした。私の母国語なのに聞き取れないこともあるものだ。3番の「今荒城の夜半の月」は綺麗に聞こえました。他は1番と同じく不明瞭でした。

 

基本的に一音に対して一個の文字しかないことが歌いにくいのかなと思いました。一個の音符で「はる」と歌うのではなく「は」と「る」で違う音符になっているということです。母音を伸ばしている時間が長いので音と音の切り替え、文字と文字の切り替えが上手くいかなくて不明瞭になるのかなと思いました。

 

どんどん次の子音がやってきても言葉が流れてしまいますが、「荒城の月」のような歌の場合は少ない子音たちを丁寧に扱う必要がありそうです。

 

また声に無駄な深さが出てしまいました。最初は全ての音を体の深いところから作っているからそのような声になったのかなと思いましたが、深みのある声を無理矢理つくっていたようにも感じます。

 

深さがあるのに言葉が外に出てこない。ぼーぼーした体の中だけで響いているような声になってしまいました。曲に合わせて調節した声だったりするのかな?だとしてもあまり良くないですね。出てこない歌詞を探しに行くのは大変だ。

 

「荒城の月」に関しては辛辣に例えるならオペラ歌手のモノマネをする人がやりそうな歌い方でした。

 

イタリア語を始めとする外国語に苦戦する日本人歌手が多いながらも日本語が一番難しいことを宣伝したい今日この頃です。ユシュマノフに対して、逆に考えれば日本語ネイティブと同じ部分が気になるということは相当なレベルで日本語を習得されているということですよね。すごい以外の言葉が見当たらない。

 

発音が一番美しくスムーズだったのは意外にもドイツ語です。短い曲でありシンプルなのでドイツ語の発音に大きく注意を注いで歌えるという面はありますが、子音がよく飛んでいき母音が的確に伸びている歌唱は安心して聞けました。

 

その他印象

ガチ勢よろしく早くから並んでいたのでリハーサルも拝見しておりました。(なるべく聞かないようにしていましたが。)

 

ユシュマノフが出てきたときに私の近くにいたマダムズが小さい声ながらも「キャ!」みたいな反応をしていてユシュマノフのファン層はこういう感じなのかと思いました。混ざりたかった。

 

リハーサルで声をセーブ(推定)しているとき方が好みでした。事実上の公開リハーサルになりながらも力みがなく本番より声の柔らかさがありました。本編よりアンコールの方が上手な歌手は多いですが、同じで力が抜けている声の方が良く聞こえますね。

 

以上です。

どう?私の感想緩い?緩く書けてる?

 

1曲だけですがムソルグスキーの死の歌と踊りが聞けたのは嬉しいです。是非4曲ともお願い致します。

 

ラ・フォル・ジュルネに金を払っていないので来年は有料公演に行ってみたい。プログラムを見る限りでは好みとは離れていますが色々聞ける機会ですので来年は逃さずにチャレンジしてみます。

 

おしまい。

 

バリトン: ヴィタリ・ユシュマノフ

ピアノ:山田ありあ

【ミュージカル】シカゴ(ブロードウェイミュージカル「シカゴ」来日公演2024 )

 

2024年5月5日(日)13:30公演

東急シアターオーブ

ブロードウェイミュージカル「シカゴ」来日公演 2024

シカゴ

お世話になっております。

三島でございます。

 

この日はミュージカルの観劇をしてまいりました。

 

休日の渋谷には行きたくないといつも思うのですがまた日曜日に渋谷に行くというよう学習のしなささ。

 

平日公演に行けばよかったのにグタグタしていたら三連休+千秋楽というハイパー混雑の日に来てしまいました。反省。外国人観顧客さんも多くて渋谷は賑やかです。

 

シカゴは劇場では初めての観劇です。映画版で好きになり音楽だけでもよく聞いています。映画版の音の良さに慣れてしまっているので舞台版の映画版とは異なる音に最初は抵抗がありましたが聞き慣れてしまうとどうでもよくなるしどちらも素敵です。

 

物語展開のスピード感とどの曲もお洒落でカッコよくときに可愛いのが大好きです。

 

それでは感想いってみよー。

 

本編の前に

シアターオーブは何度か来たことがあります。海外ミュージカルの来日公演や日本のミュージカルの公演でよく使われている印象です。

 

シアターオーブの良いところってなんだろう?立地か?渋谷駅から遠くなく銀座線に関しては直結なのは良いところか。

 

渋谷ヒカリエの11階に位置しております。高くね?ヒカリエに着いたら安心ではなく着いた場所から上がる時間も考えて行動しないといけません。直通エレベーターあります。エスカレーターでも行けます。劇場キャパフル動員公演のことを思えば終演後のエレベーターは足りていない。エスカレーターだと永遠に登って永遠に降りなければいけません。

 

劇場内も階段が入り組んで複雑を極めています。どこに行ったらどこの扉に辿り着くのかわからないですね。私はそういうのを面白がって散策する人間なので歓迎しますが、年配のお客さまや体が不自由なお客さまは大丈夫なのでしょうか?

 

比較的新しい劇場なので複雑さの裏にどのような工夫をされているのか気になります。

 

チケットもぎり前やホワイエはごった返しておりどうやっても開演時間定刻は厳しいだろうと思いましがそんなに遅延せず開演。優秀なスタッフが揃っておるのか。素晴らしいです。

 

チケットもぎりから突き当たりの壁までの導線に障害物が多いのと突き当たりの壁で物販しているので人が溜まるのです。それで劇場前からすでに混雑してしまうのでしょうね。でも物販を導線に置いておくことで売上にも貢献しているだろうから上の階におくとかは無理だよね。

 

ライブみたいに場外で売ったらいいじゃね?

 

まあいいや。

 

本編の前に②

開演アナウンスがおしゃれでした。

 

「〜イリノイ州シカゴへお連れします。」(前半忘れた)

 

お連れしてくれー。舞台(1920年代のシカゴ)の治安は悪すぎるけれど。

殺人が娯楽だけれど。

 

では本編へ。

 

感動ポイント

オペラもバレエも来日公演はお祭りだなと思っていますがミュージカルでもお祭りでした。客席から小さい声ながらも「フー!!!」という声が出ているのが新鮮でした。1曲1曲の終わりで拍手の量も多く毎回がフィナーレのような雰囲気でした。千秋楽だったから余計に多かったのかもしれませんが盛り上がりは半端なかったです。

 

普段聞いている曲が舞台で披露されていくことが楽しかったです。この時代に携帯はないから電源切っておけよ!と序曲前にキャストから再びアナウンスがありました。安直だけれどお洒落だよね。物語の中に誘い込んでくれるみたいでこういうアナウンス大好き。

 

序曲の始まりとヴェルマの登場には興奮しました。普段映像や音源だけのものが自分の視界に生身の人間で存在していることと生の演奏で披露されていることが嬉しい。来てよかったと思いました。

 

味わい切る前に次の曲が容赦なくやってくるので忙しいです。暇な時間は一瞬もなく、いつの間にか1幕が終わり気づいたら終幕していました。時間の経過を感じさせない舞台作品が大好物です。

 

全体的に歌よりも踊りのかっこよさが目立ちました。メインキャスト以外のダンスの切れ味が素晴らしく、ヒールが折れるのでは?と思うくらい足を床に叩きつけたり、勢いよく踊っていたのにポーズはブレることがなかったりとさすがプロです。

 

お衣装は男性も女性も露出の高いものですが、無駄なお肉はないけれど細いわけではなくといったメリハリのついた肉体が美しいです。今日では自分が良いと思ったことでも見た目に言及するのはよろしくない世の中ですが、舞台の感想には欠かせないことだと思うので書いておきます。

 

ヒールで踊ることは慣れてしまえばそこまで大変ではないことはわかっていますが、客観的に見ているとよくヒールで踊れるな思ってしまいます。ヒールでパキパキ踊るのかっこいい。

 

音楽に関して

私は普段オペラを見にいくことが多いです。音楽面での感想を書くと声楽と混同してオペラ的な発声を正としていると思われそうなので書いておきます。ミュージカルとオペラの発声は違います。もちろん根本は同じですが。ミュージカルの歌の上手さとオペラの歌の上手さは異なりどちらが優れていると比べるものではありません。

 

どちらもやる方はいらっしゃいますしミュージカルでオペラ的な発声を求めらるような役はありますが決して混同はしておりません。

 

では感想。

 

バンドの音の軽さが気になりました。ピアノの音が軽いなと思いました。アップライトピアノに見えましたが電子ピアノのような音でした。

 

序曲や2幕冒頭のバンドだけの曲(音源でのタイトルは”entr'acte”になっている。)はかっこよかったです。

 

踊る指揮者(再)でして、両手を大きく上げて左右に揺らしたり、指揮者の定位置から動いて楽器演奏者を煽り紹介しにいったりと見ていて楽しかったです。

 

指揮者も参加型ミュージカルでセリフがあったりロキシーに絡まれたりと役多めでした。カーテンコールは早口キャスト紹介までしてくれました。忙しい。

 

キャストはバンド同様に全員の声の軽さが気になりました。深い声の人がいないので全体的に曲が締まらないなあと思いました。

 

1人で歌う曲に関しては良いのですが、1番盛り上がるであろう”Cellblock Tango”は重い声の人がいないし、ヴェルマもドスを効かせるような歌い方はしないので迫力が欠ける。ダンスがかっこいいので満足はしましたが歌だけだったら迫力がないです。

 

女看守長ママはママ感がない。物足りない。”When You’re Good To Mama”はもっと堂々と凄まじい声量で歌ってくれると思っていたのですが、棒立ちで表現も少なめでカラオケ大会でした。

 

2幕にヴェルマと歌う”Class”は迫力のない声が役に立っておりしんみりしっとり味わえたのでよかったです。

 

弁護士ビリーは中の人(マシュー・モリソン)は客持っているなあという印象。華やかだし清潔感あるし人気があるのがわかります。ヴェルマやロキシーを差し置いてビリーがポスター写真を一人で飾っているの面白い。

 

華やかさで客を持っているのも確かですがお歌も上手です。マイクにしっかり乗っかる声が良い。空気が入らないのが良いです。”We Both Reached For The Gun”最後の無駄に伸ばすところも無理なく伸ばしており、なんならあと数拍はいけたのではないか?と思うくらい余裕を感じた。

 

舞台から退場する後ろ姿も洗練されている。美しい俳優は良い。眺めていたい。

 

男性キャストは充実していて、記者メアリーもセロファンロキシーの夫も良いパフォーマンスでした。セロファンの歌は退屈になる予感がしていたのですが、全くそんなことはなくしっかり聞けました。音楽だけでなく舞台で見ると曲の印象が変わるのが楽しいところです。ロキシーの夫だけ退場の音楽もらえてないの本当に面白いよね。

 

男性キャストは良いのですが、女性陣はマイク使っているのにバンドの音に声が負けていることが1番気になりました。キャストの声量とマイクに当たる声を出しているかのかという問題もありますが、劇場の音響設備も気になるところです。私の席が上階と被っているいる席位置だったのでそのように聞こえた可能性もありますが。

 

 

以上です。

楽しかったことは事実です。

 

シアターオーブは舞台の割に客席が多すぎるよね。

どこで見ても舞台が遠い。

1階1列目取らなきゃだな。

 

ブロードウェイミュージカル楽しいね。

ヨーロッパのミュージカルもいいけれど。

どっちも楽しい。

 

おしまい。

ビリー・フリン:マシュー・モリソン

ロキシー・ハート:サラ・ソータート
ヴェルマ・ケリー:ミシェル・アントロバス

その2・2回目【オペラ演奏会形式】エレクトラ(東京春祭2024)

2024年4月21日 (日)15:00公演

東京文化会館大ホール

東京・春・音楽祭

リヒャルト・シュトラウス作曲

フーゴ・フォン・ホーフマンスタール台本

エレクトラ(演奏会形式)



お世話になっております。

三島でございます。

 

21日のエレクトラの感想その2です。

(その1はこちら↓)

mishimashikahika.hatenablog.com

18日公演との比較が入ります。

(18日の感想文はこちら↓)

mishimashikahika.hatenablog.com

よろしくお願い致します。

(以下全て敬称略)

 

エレクトラ

出だしの”Allein!”の声は相変わらず小さい。しかし冷気が流れこむような声が歌詞の通りひとりぼっちの悲しさをアピールします。全体を通してオーケストラにかき消されることも多かったですが、18日よりは声は出ていたと思います。

 

パンクラトヴァはこの巨大な役を巨大に歌うのではなく細々と歌う技術を持っています。決して勢いでは歌わない。はちゃめちゃな音の動きも丁寧に歌っていきます。それだとエレクトラとしての面白みがなくなってしまいそうですが、お持ちの声の太さと安定感があるので乗っかってしまえば繊細さと迫力が同時に味わえる歌唱を披露できます。

 

役に振り回されずに安定した技術で歌唱をコントロールし続けることができる強さは素晴らしいです。当初の予定だと読響主催公演でサントリーホールで歌う予定だったのですね。サントリーホールで聞きたかった。そしてチケット代が安い。

yomikyo.or.jp

 

クリテムネストラの藤村より安定して響く低音は聞いていて気持ちいいです。低音と同じくらい強い高音も最高です。悲鳴でも押し出しでもなく上手に抜ける太い高音ほど気持ちの良いものはないです。上から下まで忙しい音ととっつきやすい旋律が少ない(あるのか?)のに音楽の流れがよくわかる。

 

アガメムノンへの思いを歌うときはワンパターンではありますが、斜め上に手を伸ばしているはずのないアガメムノンに呼びかけるようなお芝居をします。ちょっと悲しみがあります。

 

クリソテミスが話している(歌っている)ときは表情の変化がなくどこを見ているのかわからない目が怖かったです。とりあえず話を聞いていないことはわかる。

 

クリソテミスに対して”Tochter meiner Mutter, Tochter Klytämnestras?”と歌うときの表情とねっとりとした嫌味っぽい歌い方がとてもエレクトラでした。フレーズの間で唇を舌で舐めていたのがとても狂気だった。前の場面ではアガメムノンに対して必死に呼びかけていたのに、急に舐めた態度になる。切り替えが面白かったです。

 

対クリテムネストラでは、会話のスピード感がとても気持ちよく、18日のように順番に歌っているだけのようには聞こえず、リアルなやりとりを聞いているようで面白みがありました。”Ein Weib!”の歌い方の冷たさがこれまたかっこいい。ここから続くクリテムネストラとのやりとりは緊張感とじわじわ追い詰める様子にゾクゾクしました。

 

対オレストはパーぺがほとんど何もしないので18日は動きにくそうでしたが、21日は開き直って一人でお芝居をしているように見えました。視線を合わせることはやってくれたので多少は動きやすかったのかな。エギストへの敬ってそうで全然敬ってない憎たらしい歌い方がまた最高でした。

 

パンクラトヴァのエレクトラは場面場面、対登場人物でエレクトラの性格をわかりやすく変えます。人によって態度を変えるのは現実世界では嫌な女の特徴ですね。エレクトラはどうでしょうか。

 

“Sei verflucht!”は18日の方が抜けるように歌えていたと思います。音が瞬時にはまりきらなかった印象。

 

終幕でエレクトラが動かなくなる前に両手を斜め前に伸ばしているのですが、登場からの独壇場でアガメムノンへ呼びかかけるときと同じ動きなので、最後に変な踊りを踊っていたらアガメムノンが迎えに来てくれたのでしょう。よかったね!エレクトラ

 

クリソテミス

声量・安定感ともに凄まじく技術面に対しては申し分ないです。ありがとうございます。大編成のオーケストラに負けることなく歌声を劇場全体に届けることができるのは流石です。

 

しかしイマイチ乗り切らないというか面白みのない歌唱だなと印象。その原因はどこなのだろうと考えながら聞いていました。一旦お芝居をしないというのは置いておきます。

 

クリソテミスの見せ場である「私は普通に生きたい!」という内容を歌っている部分を聞いていたとき、フレーズごとに流れが切れることがわかりました。この部分は一番とっつきやすい音楽ではっきりとメロディがわかるので歌手としても歌いやすいし、客席も音楽として聞きやすいでしょう。逆に言えば音楽の流れが綺麗なのでミスしたときに目立ちやすいです。

 

控えめに感じたオーケストラの演奏ですが、控えめといっても音量が大きいことにはかわりなく、その中で歌うので息の流れやフレーズの処理の仕方の技術力はそこまで気になりません。オーケストラが掻っ攫っていくので。息の流れに自信がない人は伴奏に大きな音で演奏してもらうように依頼しよう!

 

誰よりも声が届くので上手に聞こえたと思います。もちろん上手であったことにはかわりないのですが、お芝居としての表現を感じにくいのはこのあたりが原因かなと思いました。

 

21日は手を胸に当てて歌っていることが多く、始めはそういったお芝居なのかな?と思いましたが、タイミングや長さが歌詞とあっているとは思えなかったです。声(喉)が上がってくるのを抑えていたのではないか。コンディションはあまり良くなかったのかもしれません。

 

両日ともですが登場してきて指揮台の横に立って前を向いて歌っていました。ほぼ棒立ちです。ですが21日の方が動くようになりました。オレストが死んでしまったことを知ったときにエレクトラと抱きしめあったり(18日はなかったよね?)、エギストが死んで喜ぶエレクトラの方を何度も体を使って見ていたり(=顔だけでなく)と動けないわけではないのだなと思いました。

 

エギストが死んだ後に歌う部分の”〜ich muß bei meinem Bruder stehn!”の”stehn”の収め方がとても綺麗でした。声が上手にハマったなと。最後2回の”Orest!”のうち1回目がOreestという具合に伸ばしている最中にテンションが1回かかってしまったのが気になりました。

 

とはいえ、後方のオーケストラの圧を受けながらも大変さを感じさせない歌唱技術は素晴らしいものです。

 

オレスト

オレストの感想を正直に書くにはパーぺが歌っていたということを忘れなければなりません。パーぺフィルターを取って、パーぺのことを知らなかった場合、どのように思ったかを書いておきたいと思います。

 

21日も譜面持参おじさんでしたが、18日よりかは顔を上げる頻度が多く、動き回らないもののエレクトラとのアイコンタクトが増えお芝居している感が増しました。

 

歌曲シリーズを含めて、春祭の感想では毎回暗譜の話をしている気がします。暗譜大事ですよね。自分の仕事が頭に体に入っているのか、説明書を見ながらでなければできないのかって全然違いませんか?楽譜は説明書ではありませんが日常生活に近いところでいうならば似たような感覚ではないでしょうか。

 

パーぺだから超大物だから暗譜していなくても歌ってくれるだけで嬉しい!と思いたい部分もありますが、パーぺ以外の人が同じようなことをしたらどう思うのかと考えるととりあえず覚えてこいとしか言えません。リサイタルならいいのですが、共演者がいて共演者はみんな暗譜なのに一人だけ楽譜見るのって。どうよ?もしかして暗譜って知らされていなかった?

 

音楽表現を感じるような歌い方はなくエレクトラの名前を叫ぶ歌う部分は棒読みすぎて逆に面白かったです。お持ちの声が良いので聞けないことはないのですが。元々の声の良さってやっぱり強いな。

 

パーぺの声に会場が支配される様子は何回聞いても楽しいです。

 

カーテンコールのときにずっとエギスト役のリューガマーとおしゃべりしていました。仲良し?何を話しているのかはわからなかった。カーテンコールではメガネを外してくれるのは嬉しいですね。

 

今度は暗譜で会いましょう。

(パーぺが暗譜不可な事情があればこっそり教えてください。)

 

クリテムネストラ

パンクラトヴァの低音の方が安定感も迫力もある。ソプラノの逆襲に見舞われておりました藤村ですが、声の集め方や無理に押し出して歌わない姿勢は好きです。

 

声の細さが常に気になりました。藤村が歌う部分ではオーケストラも終始抑え気味だった印象です。

 

”Ja,du!”と歌う部分(エレクトラとの会話)”du”の部分が全くもって伸びず。途切れてしまったのではないかと思いました。この後に続くオーケストラの音も一瞬盛り上がったかと思いきやすぐに引っ込んでしまったのでこんな感じだっけ?と焦りました。

 

ヴァイグレは藤村の歌い出しだけはほぼ全て指示を出していました。顔を藤村の方に向けてどうぞ!ここですよ!という感じに合図を出していました。他の歌手にやっていなかったわけではありませんが、藤村だけ頻度が多くわかりやすい指示だったので、何か理由があるのか気になります。

 

クリテムネストラは立場ある人の品格と不安定な精神状態の両方がわかると面白い役だなと思いますが、藤村のクリテムネストラは藤村でしかなかったなという感想です。

 

エギスト

ちょっとしか歌わないのにわざわざ遠い遠い島国まで来てくれてありがとう。エギストパートではヴァイグレが謎に笑顔を見せたのが面白かった。空気読めないエギスト可愛いよね。すぐ死んじゃうけれど。リューガマーはエギストの声だったと思います。死に際も上手でした。それ以外に感想はないです。

 

以上です。

 

千秋楽パワーってすごい。

春祭楽しかったー。

珍しくグッズも買っちゃって。布のバッグ買った。

シュトラウスチャイコフスキーって書いてあったら買うでしょ?

 

いつまで楽しめるかわからないけれどとりあえず来年は今年以上にたくさん聞きたいです。

ありがとう、春祭。

 

おしまい。

 

 

指揮:セバスティアン・ヴァイグレ

エレクトラ:エレーナ・パンクラトヴァ

クリテムネストラ:藤村実穂子

クリソテミス:アリソン・オークス

エギスト:シュテファン・リューガマー

オレスト:ルネ・パーペ 

第1の侍女:中島郁子

第2の侍女:小泉詠子

第3の侍女:清水華澄

第4の侍女/裾持ちの侍女:竹多倫子

第5の侍女/側仕えの侍女:木下美穂子

侍女の頭:北原瑠美

オレストの養育者/年老いた従者:加藤宏隆

若い従者:糸賀修平

合唱:新国立劇場合唱団

合唱指揮:冨平恭平

管弦楽読売日本交響楽団

2回目【オペラ演奏会形式】エレクトラ(東京春祭2024)

2024年4月21日 (日)15:00公演

東京文化会館大ホール

東京・春・音楽祭

リヒャルト・シュトラウス作曲

フーゴ・フォン・ホーフマンスタール台本

エレクトラ(演奏会形式)

お世話になっております。

三島でございます。

 

今年の東京春祭ラスト公演に行って参りました。

リヒャルト・シュトラウスで始まり、リヒャルト・シュトラウスで終わる私の春祭。ありがたい。

www.tokyo-harusai.com

エレクトラは2公演の開催です。私は18日(木)も劇場へ伺い聞きましたが、残念ながら納得できない出来でした。消化不良です。

 

(感想はこちら↓)

 

 mishimashikahika.hatenablog.com

 

それでは21日の感想いってみよー。

18日との比較が多く入る感想文となりますがどうぞお願いいたします。

(以下全て敬称略)

 

最初に一言

そこまでできるなら18日からその完成度で演奏してくれ。

 

と言いたくなるほどに上手でした。個人差はあるけれど歌手からもオーケストラからも勢いを感じました。音楽の中にある表現もわかりやすく、ただフォルテで頑張っている演奏ではなくなりました。千秋楽パワーでしょうか?とりあえず満足です。

 

会場の様子

客入りは平日夜だった18日に比べれば多かった気がしますが、1階席後方の空席が目立ちました。映像配信をする関係で座ることができないなど事情があるのかな?と思いたい。そうであってほしい。チケット代が安くないのも理由の一つかな?

 

大きい音楽イベントの最後の公演ということを考えるとチケット完売の満席で終わりたいところですが、最後にエレクトラを持ってくるあたりあまり考えていないのかな?

 

オーケストラ

18日は楽譜に書いてある音に食べられてしまっているような余裕のない演奏と大きな音を出して頑張ることはできているましたが肝心の中身のない音楽に悲しい気持ちなりました。

 

21日はシュトラウスが書いた音楽についていくことができ、なんなら楽譜の音楽を食べるような勢いを感じました。

 

終幕間際の”Sie fahren dahin wie〜”からの演奏は素晴らしかったです。まさに熱狂的な音楽でした。耳が痛いくらいの音圧で音楽が勢いよく劇場に広がってました。シュトラウスがいると謎の感想を持ちながら残り少ないこもオペラの時間を楽しみました。

 

ここがきちんと盛り上がるとエレクトラが動かない→クリソテミスの「オレスト!オレスト!」への叫び歌へ上手に話が動いてくのだなと感じました。18日はただの流れ作業のような演奏で書いてあるから演奏していますという感じが否めまさんでしたが、物語の展開として重要ポイントを演奏で落としていくような表現がわかりやすく、またこの物語を上手く着地させることができていました。

 

最高にドラマチックな音楽が好き。

 

シュトラウスの作品に限らず、オペラは歌手が歌うことで成立しますが、完成度の比重はオーケストラの方が重荷を背負っているのだなとしみじみ感じます。歌手がスター揃いでもオーケストラが平均並みだと全体的な満足度につながりません。逆に歌手の存在を消すようなオーケストラの充実した演奏があればそこらへんのオペラ歌手でも上手くいくのでしょうね。

 

指揮者ヴァイグレの特集

18日よりも踊っていなかったと思います。全くもって省エネな動きではありませんでしたが18日に比べればおとなしめに指揮をしておりました。

 

そのなかで気になった動きが3つあります。深い意味はないです。面白いなと思っただけでバカにしてる訳でもクレームでもありません。ヴァイグレは仕事してるだけだからね。

 

①湯加減確認

自分の前に置いてある譜面台より下に手を降ろしてまるで湯加減を確かめるように両手をゆらゆらと動かしてました。どういう指示だかわからない。プロとプロだとわかるのでしょう。

 

②炭坑節

両腕を体の左側に押し出すように動かすのが炭坑節の振り付けみたいでした。こちらもどういう指示だかわからないけれど客がわかる必要がないので問題ない。でも知りたい。

 

③歌うように

右側の楽器たちにに向けて手を口に近づけてひらひらさせながら手を遠くへ伸ばしてました。もっと歌うようにーみたいなことかな?

 

ヴァイグレ観察面白かったです。またやりたい。

 

ここはほしい

全体的には頑張ってくれた演奏ではありましたが、気になるところもいくつかありました。金管の音があやしかったり、情緒のない弦楽器の音があったりと。このあたりはおや?と思った記憶だけ残っており、どこの部分だったかの記憶がご丁寧に抜けているのでそういう部分もあったよーと書いて終わりにします。

 

上記とは別に明確に覚えているのは2箇所。

① クリソテミスの「私は普通に生きたい!」の音楽

一番わかりやすい美しさがある部分です。

 

音に膨らみがなかった。クリソテミスのテンションとは裏腹にオーケストラは抑え気味な演奏でした。ヴァイクレの指揮は理解が難しい抑えがある。意味があるのかオーケストラの音がついていけなかったのかわかりかねる。

 

エレクトラとオレストの会話

2人が会話しているときにエレクトラの歌と一緒に演奏される流れるような音楽とオレストの自身の登場から一緒にいる音楽が交互に聞こえるのが面白のですが、オレストの音楽が抑え気味で交互に演奏されていることがわかりにくいと感じました。

 

オレストの音楽は低音なので聞き取りにくいというのがありますが、エレクトラが上からくるような感覚に対してオレストの地面を張っているような音楽がしっかり聞こえればもっと面白いと思いました。このオペラって音の応酬で忙しくて楽しいよね。

 

とりあえずここまでで更新します。

歌手個別は別更新にて感想を書きます。

 

つづく。

 

指揮:セバスティアン・ヴァイグレ

エレクトラ:エレーナ・パンクラトヴァ

クリテムネストラ:藤村実穂子

クリソテミス:アリソン・オークス

エギスト:シュテファン・リューガマー

オレスト:ルネ・パーペ 

第1の侍女:中島郁子

第2の侍女:小泉詠子

第3の侍女:清水華澄

第4の侍女/裾持ちの侍女:竹多倫子

第5の侍女/側仕えの侍女:木下美穂子

侍女の頭(ソプラノ):北原瑠美

オレストの養育者/年老いた従者:加藤宏隆

若い従者(テノール):糸賀修平

合唱:新国立劇場合唱団

合唱指揮:冨平恭平

管弦楽読売日本交響楽団