2024年4月10日(水)19:00公演
東京文化会館 小ホール
東京春祭 歌曲シリーズ vol.38
ルネ・パーペ(バス)&カミッロ・ラディケ(ピアノ)
お世話になっております。
三島でございます。
この日は4日の東京春祭歌曲シリーズvol.37に続き東京文化会館小ホールへ行きました。
(vol.37はこちら↓)
mishimashikahika.hatenablog.com
今年の東京春祭のチケットで一番最初にチケットを購入した公演です。チケットを発売日に買うってあんまりしないのですが(理由:当日までに飽きる可能性があるから)、この公演だけはすぐに買いました。
ボリス・ゴドゥノフでもありメフィストフェレスでもあるルネ・パーぺさんの来日です。
ピアノ伴奏のリサイタルといえど定価1万円を切る(8500円)チケット価格には驚きです。なお、今年の歌曲シリーズでは一番高いご様子(他は全て7000円)。
曲のラインナップはモーツァルト先生、ドヴォルザーク先生、クィルター先生、ムソルグスキー先生です。
濃いメンツです。ネームバリューのある歌手なのにプログラムに甘えがない感じが素敵です。
それでは感想いってみよー。
(以下敬称略)
全体的に
舞台上に歌手とピアニストがいるという安心感。歌の上手なおじさんとピアノが弾ける人ではなく、プロとしての風格があり演奏していなくても舞台に立つ需要のある人なことがわかるのが良いです。
パーぺもピアニストのラディケも蝶ネクタイでした。もちろんお着替えはなし。パーぺは黒縁のメガネをかけていました。靴裏が赤だったのが印象に残っています。ルブタンかな?おしゃれ。
譜面台を置いて譜面を見るスタイルでの歌唱。このシリーズは譜面を見なければいけない縛りでもあるのかなと思いました。譜面を見ている時間が長く、顔を上げている時間が少なかったのは残念です。歌いながら歌詞によって表情が変化するのをもっと見たかったなと思います。
曲によって差はありますが、基本的にこちらが上手に聞こえるように聞く体制をとらずに、パーペが発した声をそのまま体に受け入れればいいだけだったのはよかったです。
パーぺの声を劇場で聞いた第一印象は良い声をお持ちで!といったところです。気になるところはありましたが、そもそもの声が大変美しく魅力的であるのでまぁ声がいいからなと言う最高にして最強の逃げ道がありました。パーぺが逃げていると意味でななく感想としてそうなるというだけです。
パーペはお持ちの声の良さに甘えずに歌っている人だと思います。甘えてる人が選ぶ曲たちではないよね。とりあえず声を出す、なんとなく気持ちの良いところでダイナミック表現をするなど薄いパフォーマンスはなかったです。音楽と言葉に紐付いた歌い方が魅力的でした。暗譜だったらもっと表現があったと思う。
今回はドイツ語・チェコ語・英語・ロシア語の4カ国での歌唱ででした。異なる言語を歌っても大きく発声の技術が変わることはなく、どの言語でもほぼ同じポジションで歌っており響きも一定でした。イタリア語だからどう、ドイツ語だからこう、という話は聞きますが、根幹の部分はどの言語でも同じですよね。ブレない発声は素晴らしい。
どこまでも広がっていきそうな低音の響きとブレスの位置がわからないほどのフレージングの綺麗さはとても心地良かったです。声の大きさを調整しても響きの質が変わらないのでどんなに声を小さくしても言葉や音がしっかり聞こえました。
この公演では高音がスカスカになってしまったのが1番気になったところです。劇場が乾燥していたせいなのかもわかりませんが上手くに音にならないことが多かったです。多かったというかほぼですね。もう出さないでほしいなと思うくらい心配になりました。このあたりの感想は曲の感想を書くときに書きます。
パーぺの歌唱も充分素晴らしかったのですが、ピアニストのラディケが上手すぎました。ドヴォルザークの歌たちではパーぺよりも伴奏の方が気になってしまいました。もちろん良い意味で。
伴奏者というより一人のピアニストとして舞台上で演奏していた印象です。もちろん歌の隣にはいてくれるのですが、歌についていくというよりラディケ自身が音楽を作り出すことをしていたと思います。デュオとはこういうことですね。パーぺの歌唱に不安があるところはありましたが、ピアノがつくり出す音楽の中身はだいぶ濃かったです。残りは曲ごとの感想に書きます。
全体の感想おしまいです。
では、ここから曲ごとにちょっとだけ感想を書いて終わります。
(全曲の感想ではありません。)
唐突なシュトラウス
先にアンコールの感想を書きます。突然やってきたシュトラウス。もちろんリヒャルトの方。「Zueignung(献呈)」を聞くことができました。本当に嬉しい。普段はソプラノが歌ってるのを好んで聞くのでバス歌手の歌唱は新鮮で楽しかったです。
ステージの真ん中で歌うのではなくラディケが座っている横でラディケの楽譜を見ながら歌ってました。ほぼ暗譜だったのはこの曲だけかなという感じです。出だしの”Ja”の音が若干はまらなかった(浮ついた感じ)気もしますがその後は伸びやかに好調に歌ってくださいました。
“Und du segnetest den Trank~”から間奏にかけてのテンポを崩さない程度の溜めが大変に美しかったです。間奏はピアノの音が本当に綺麗で「Zueignung」のピアノ伴奏を美しいと思ったのは初めてでした。
声種の問題だと思いますが、”heilig an's Herz dir sank”の低くなるところに段差ができないのでとても楽だし流れがより整って聞こえました。
他に
「Stille, Mein Wille! Dein Jesus Hilft Siegen(安かれわが心よ)」:シベリウス作曲
「Kinderwacht(子供の見守り)」:シューマン作曲
を歌い計3曲のアンコールタイムでした。最後の曲を歌い終わった後、譜面を閉じて手に持ってもう終わりだよアピールをされました。足りない足りない。
モーツァルト
Die ihr des unermesslichen Weltalls Schöpfer ehrt(無限なる宇宙の創造者を崇敬する汝らが)
出だしのピアノの音が華やかで柔らかく、ハッとしてしまいました。かっちり弾きながらも音に豊かさがあり聞いていてとても楽しかったです。歌をメインに聞いていても勝手にピアノの音が耳に入ってくる感じがとても楽でした。
パーぺはドレスデンのご出身ということです。ドイツ語はネイティブのはずなので発音のことをいうのはもはや失礼かもしれませんがやはり美しいです。
教科書等に載っているドイツ語の「i」の発音は唇を横に引っ張って音をつくります。ただこれを歌うときに行うと口の中も一緒に潰れてしまいあまりよろしくない、美しくない音が出てしまいます。しかし、パーぺはドイツ語としての正しいポジションで発音していましたが全く音が潰れません。口の中の空間を保ったまま唇を横に引っ張ることができるようです。
他の母音でも声が平べったくなることがありませんでした。なので言葉が大変にスムーズに出てきます。当たり前ですが言葉がスムーズだと聞いていてとても楽ですし音楽の中に入っていくことができます。
“〜der Posaune des Allherrschers!”や“〜das Bruderblut bisher vergoß!”のように最後が「s」の音で終わるときの伸ばし方が綺麗でした。「スー」と言っているだけなのにとても綺麗。低音の深さと広がりかたはさすがだなあと思いました。ホールに水が勢いよく広がっていくような感覚でした。
ドヴォルザーク
Biblické Písně (聖書の歌):ドヴォルザーク
こちらの曲たちもピアノ伴奏がとても美しかったです。時々パーペそっちのけでピアノの音を聞いてました。ぜいたくな時間でした。
1曲目の出出しの鐘が鳴るようなピアノの音が綺麗でした。スカーンと出てくるけれど決して固くない伸びやかな音でした。繰り返されるので何回か聞けてお得です。
3曲目の出だしもまた大好きです。歌部分は大変シンプルなのでそのシンプルさをピアノがどんどん面白くしていく感じが好きでした。頼れるピアニストですね。後奏の下降してくるピアノの音が劇的に演奏すると思っていましたが、控えめで繊細で音をコントロールしながらも勢いよく下がって来れることに驚きました。好きです。
ゆきやこんこ10曲目もピアノが素敵でした。聖書が題材の歌にかわいいと言う表現を使っていいのかわかりませんが可愛い曲だと思います。その可愛さを最大限にしてくれるピアノ伴奏がとても好きでした。
歌の話をしていないので、ここからちょっとだけ歌の話を。7曲が一番好きでした。出だしの力強い感じと”Zpívejte nám〜”あたり(たぶん)の柔らかい声の使いわけがありました。
シンプルな曲を淡々とつまらなくなってしまわないように歌える事はすごいなと思います。音楽の流れを綺麗につくることができる人でないと上手に歌えない曲たちですね。しかし、ほとんど譜面を見ているので声自体は安定しているけれども、音楽的な自由がないなと感じました。どうしても譜面を見るっていう行為に集中しちゃうのでね。多分ね。
最後の曲の自分のパートが終わった後、まだピアノが演奏してるのにパーペの俺の出番終わり!みたいな顔が可愛かったです。客席が拍手をしているのになかなかパーぺが動かないので、拍手が止んでしまいパーぺが拍手していいよ!みたいなリアクションを取ったのがまた可愛かったです。
歌っているときによく鼻やメガネを触るのが気になりました。あと指揮し出す。かなり歌いづらかったのかな。
クィルター
Three Shakespeare Songs:3つのシェイクスピアの歌
声的には一番合っている曲たちではないでしょうか。他の方の録音を聞いていてもパーぺが歌うところが想像できました。
英語の発音がどんな感じなのかなと思い楽しみにしていました。チェコ語に関してはなんとも言えませんが、ロシア語ドイツ語と比べると若干発声が浅くなる程度でした。もちろんそれはドイツ語を歌った後の歌唱だったのでわかった部分ではあります。
ドイツ語の時に感じた母音の長さが英語だと欠けてしまうところも気になりました。母音の伸ばし方が曖昧なんですよね。いつ次の子音がくるのかが不透明な感じがしました。そのせいで音楽の流れが崩れてしまいがちで、3曲とも動きのある美しいメロディが印象的な曲たちなので、もっと朗々と歌ってもらえたら嬉しかったです。とりあえず譜面を外してくれ。
1曲名の”stuck all with yew”の"with"に当たる音が曖昧だったのが気になになります。ここの音ってインパクトあるし苦しい気分になるのでしっかりはめてほしいところです。
2曲目の”Sweet and twenty”の"sweet”の言い方が甘すぎて良かった。完全暗譜だったらこういう言葉に紐づいた表現がダイレクトに楽しめたんだろうなと思いました。
3曲目は出だしのピアノとその後すぐの歌の”Blow,blow thou winter wind”が同じくらいのテンションで、突き抜けるような音が心地よかったです。“heigh ho! the holly!”の高音がカサついてしまったのが悔しい。事故を目撃してしまったみたいでショックでした。
ムソルグスキー
Песни и пляски смерти:死の歌と踊り
紙コップを持って登場。ピアノの中に水(推定)の入ったコップを仕込むオペラ歌手。
こちらはロシア語での歌唱でしたがロシア語に対するストレスは少ないです。発音で苦労している感じもないければ発音をないがしろにしてる感じもないです。
1曲目は淡々とした死と勢いのあるママの会話がありました。ママが子供を守ろうとして必死というよりかはなり怒っているような感情が聞いていても面白かった。
死が何度か繰り返す"Баюшки-баю-баю"の”ю”の発音が初回が浅かったのですが、2回目と3回目は正しい音に近くなってたと思います。“сток!”が弱かったのが物足りない。
2曲目は最後の”Ты моя!”の単語が繋がってしまい、「てぃまやー」となってしまったのが気になりました。花火かな?ここは顔を上げて歌ってくれたのは嬉しいです。
4曲目は”Кончена битва! я всех победила!”の最後の高音がかろうじて出ている程度。弱く歌うところではない気がするので悔しい限り。3回同じ音型が歌詞を変えて出てきます。3回目だけは良かったです。全部それでお願い致します。
“Кончена битва! я всех победила!”以降、テンポが流れないように必死という感じで体や手を動かして何とか頑張っていた感じでした。手で片耳を塞いで歌っていたりと相当歌いにくかったのではないのかなと思います。
終わった後、納得がいかないご様子でした。曲が終わってもなかなか顔を上げなかったり、ラディケに向かって何か喋って(何話しているかは聞こえなかった)その後ラディケがパーぺの二の腕あたりを慰めるようにトントンとしていたのを覚えてます。
この曲たちはもう少し良いものが聞けると思ったというのが最終的な私の感想です。初めて歌ったわけではないようなのでそのような言い訳も通用しませんね。難しいところです。ロシア語の扱いは丁寧なのですが音楽が動かないです。狭い箱の中で歌っているような。縛りでもあったのか?
以上です。
パーペのキャリアを考慮せずこの日リサイタルで私が感じたことを書きました。
もっと表現高く歌える方だですよね。
何らかの事情があってこの仕上がりだったのでしょう。
でも満足度は高いです。
上手くいかなかった部分があるといえどそもそもの水準が高いので大した問題ではない。
熟練のバス歌手のリサイタルをオペラアリアではなく全て歌曲のプログラムで聞けたこと、そして日本で聞けたことに感謝致します。
私のブログにパーぺのリサイタルの感想が並ぶのが嬉しい。
来日してくれてありがとうございます。
エレクトラでまた会いましょう。
おしまい。