三島の見解

古の女子高生

【雑記】新国立劇場来シーズン他

雑記

 

お世話になっております。

三島でございます。

 

 

ブログと連動でツイッターをやりたくてアカウントを作ったのですが(といっても2019年のこと)、上手く更新できていません。使いこなせないのです。放置アカウントです。ツイッターはとても難しいです。思いついたことをパッと入力して更新する能力がないことに気づきました。切ない。ツイッター使い方講座とか講習会とかあったら呼んで下さい。

 

 

 

 

さて、新国立劇場2023-2024シーズンの演目が発表されました。といっても3月7日に発表されたので、もう2ヶ月経とうとしておりますが。鮮度が命の世界で生きている(そうなの?)のにこの速度とは!弱小ブロガーながらも反省しております。この投稿では新国来シーズン演目に関しての感想を言いつつ、好きなことを書いていきます。因みに大野監督大先生が説明会で何を話されたか正確に把握できないので、そのあたりは気にせず「発表された演目をみて」の感想としていただきます。「オペラ芸術監督からのメッセージ」も含めようかな。あとは勝手に想像します。すまんな。

 

 

 

 

 

オネーギンやるの!??

 

新国立劇場もロシアオペラやるんだもん!プロジェクト」(語弊)の4演目は愛おしの「エウゲニ・オネーギン」でございます。

 

 

 

 

早くも再演です。早くね?早くね?てか再演ありなの?ロシアオペラやるって息巻いているから(語弊)、てっきり毎回違う演目を上演するのかと思っていました。新国のレパートリーに埋め込む気なら同じ演目を何回もやった方がレパートリーっぽいですもんね。完成度は別としてね。そもそも「ロシアオペラやる!」と言っているだけで毎回違う演目をやるとは言ってないですもんね。ただ肩透かしといいますか、次の演目予想に入っていなかったものですので。新国オネーギン再演か。いやー素直に喜べないな。好きな演目の再演に素直に喜べない辛さがあります。

 

 

 

2019年の公演は良いものではなかったです。悲しみの新国オネーギン。オーケストラの鳴りが寂しかったし、タチアナとオリガには仲良くしてほしかった。歌も正直グレーミン公爵以外は頑張って褒めるところを見つけた記憶がある。グレーミン公爵はよかった。逆に変なグレーミン公爵に会ってみたい。

 

 

確か2回目(私は1回目)公演の1幕1場と2場の間(多分)に「もっとちゃんと演奏しろー!(ニュアンス)」と野次(というのかな?)が飛びましたね。多分オーケストラに対してのメッセージ(ではない)。正直焦りました。私の心の声が出たのかと思いました。だとすると私の心の声おっさんということになるのですけど。罵声と言うのでしょうか?非難されるべき行動だとは思いますが、言っていることは間違っていない。言いたい気持ちはわかる。やる気がないのか?オネーギンが嫌いなのか?このような演奏をする理由を教えてほしかったし、そういう理由がないと納得できない(=普通に演奏してこのレベルは怖い)演奏だった。オーケストラには最後の最後まで満足できなかった。

 

 

 

オネーギンにおいてのオーケストラの立ち位置は物語の先導者である一方、歌手の会話相手であると思っている。他のオペラと違う関係性で成り立っている作品だと思っている。タチアナの13分の手紙の場も、レンスキーくんの決闘前のお歌もオーケストラとよく会話をしている。「 Нет,все не то!」の後、「Начну сначала!」の後のオーケストラ部分(手紙の場)。ここが棒読みのような演奏だと一気につまらなくなる。寂しすぎる。「オーケストラさん起きてますか?」となってしまう。(オケピ見に行っちゃうよ!)このようなものがこのオペラには散りばめられていて、歌とオーケストラが折り重なって曲を作っている部分が多い。歌だけでは絶対に成立しないし、オーケストラの仕事を誰も変わることができない。だからきちんと仕事をしてもらわなければ困る。何が言いたいかというと「オーケストラまじ頑張って!」ということです。

 

 

ではここで、

 

これから大野監督大先生が言いそうなことー!

(既に言っていたらすまんな。)

 

①今、ロシアオペラはやることはすごいことなんです!!日本でしかできないんです!!

 

新国ボリスくんのときにも言ってたような。あれ?幻聴かな?こういう箔付けのようなことは公演の完成度が高いから効果を成すものであって、新国ボリスくんくらいのクオリティでこういうことを言っても意味がないです。むしろ逆効果です。そんなこと言っている暇あるなら稽古しなよという気持ちです。お金取ってやるのであればクオリティは大事です。高品質が必須です。「やること自体に意味がある。」のでないのです。体育祭でも文化祭でもないのです。

 

 

②今、ウクライナ出身者がロシアオペラを歌うことはすごいのです。

 

そういうことは私が言っておくからみんな稽古してて。

 

 

③お前はヘロデだ!というのですね。ヘロデ王というのはサロメのお父さんのお父さんなのですね。

 

オネーギンにヘロデ王出てこないね!じゃあ言わないね!

(私の中で大野監督大先生はこのイメージが強い。)

 

 

 

オネーギンといえば!

茅野先生がご自身の記事で私の投稿を紹介してくださいました!!!

ありがとうございます!!!

(↓こちら)

sylphes.hatenablog.com

 

 

 

茅野先生の記事で紹介されることは嬉しすぎる。本当に尊敬している。茅野先生のインテリジェンスの中にユーモアが含まれる文章力本当に羨ましいです。難しいことや知識がないことも茅野先生の文章力のおかげで楽しく理解することができます。なんという才能!

 

 

 

 

紹介していただいたのはモスクワで観たカナダ産のオネーギン(ミュージカル)の感想です。

(↓こちら)

mishimashikahika.hatenablog.com

 

 

 

オペラでいうところのトリケのお歌(クプレ)に当たる曲が最近クセになって頭の中をループしております。たちああああああああああああな。いや楽しい。踊っちゃう。しかもモスクワでの演出だとブリヌイを焼きながら、ときにはぶん回しながら歌っておりました。

 

(↓こちら。スポティファイユーザーはぜひフルで。)

open.spotify.com

 

 

 

2019年のリベンジということで、2024年も張り切って新国オネーギンに通います!!

 

 

 

 

おじいちゃん不在

リヒャルト・シュトラウス(以下シュトラウスおじいちゃん)のオペラがない。ばらの騎士サロメと連続でおりましたが、来シーズンは欠席だそうです。寂しい。ジョナサン・ノット指揮のシュトラウスオペラ3演目で盛り上がっている(のか?)中、ビックウェーブに乗っからない選択を取った新国立劇場さん。今でこそシュトラウスおじいちゃんですよ!!

 

ジョナサン・ノット指揮のエレクトラ楽しみすぎますね。サロメレベルの演奏をまた聴けることを願う。

 

 

4月16日(日)にN響定演のアルプス交響曲を聴きに行きました。とてもよかったです。お歌がないと感想書けないので1つの投稿を作ることができないのですが、素晴らしい演奏であったことは間違いないです。50分も集中して聴けるか不安でしたが、もうね、すぐね、終わった。良い演奏というのは体感時間が短い。しかし、シュトラウスおじいちゃん。なぜ、このような大編成のオーケストラの隅々まで全員に重労働を課すのか。「アルプス交響曲(過労)」ですよ。休符がないと言う意味でありませんが、自分の演奏する量に関係なく、全員がしんどそうな曲ですね。めちゃくちゃ美しいのですが。交響曲は楽章ごとに少しの間を挟むものが多いと思いますが(そんなに聴かないので違ったらすいません)、こちらの交響曲は最初から最後まで突っ走る。持久走。そもそも第1楽章・第2楽章ではなくもっと細かく別れており、各々にタイトルがついているタイプの曲。指揮者(パーヴォ・ヤルヴィ)が最後の音が鳴った後、なかなか手を下さなかったのが印象に残っています。壮大で美しい50分間の終わりの余韻も最高に美しかったです。なんならそのまま最初に戻ってほしかった(本当の過労)。いい体験をした。

 

 

 

試される名花

中村恵理さん(以下敬称略)がヴィオレッタとして帰ってきます。

 

 

舞台上で死ぬ役を演じることに定評のある中村恵理。プッチーニの音楽の壮大さに飲み込まれることなく、蝶々さんとして舞台上で生きた中村恵理。蝶々さんの人生を中村恵理というフィルターを通して観る。楽譜の表面だけ見ていたらできない表現。楽譜と役と深く向き合ってきた結果だろうし、楽譜から音以外を読み起こす力が人よりあるのだろう。蝶々さんが選んだ「死」を、中村恵理がその選択の意味を客席に伝える。こういうことができるオペラ歌手は少ない。

 

 

そして来シーズンでまた会うことができる中村恵理ヴィオレッタ。何度も観たいと思った公演の1つである。何度も死んで何度も生き返ってくれと思っていましたので遂にそれが叶います。ありがとうございます。ヴィオレッタも本当に素晴らしかった。2回観劇したうち1回目は歌唱部分の消化不良が起きたが、2回目の観劇では素晴らしいものが観れた。この演出(ヴァンサン・ブサール演出)とも相性が良い。美しく死ぬ。できたらアルフレードもパパも一緒に帰ってきてほしかった。

 

 

しかし、歌唱面での不安は残る。蝶々さんやヴィオレッタは本当に素晴らしかった。だが、藤沢市民オペラのミミがあまり良くなかった。違う中村恵理なのかと思ったくらいだ。偽物疑惑発生。歌唱が戻っていることを祈る。また、再演で同じ役を演じるというのも大きな問題だ。しかも前回は代役である。本役として同じ演出で同じ役で戻ってくる。これは大きなプレッシャーがあるはずだ。前シーズンと比べられ、今回は「代役だから〜」という言い訳評価が利かない。本当にしんどいことだ。それに挑む中村恵理マジ尊敬。

 

 

また素晴らしい中村恵理に会えますように。

共にヴィオレッタの人生を生きれますように。

 

 

5月はシュトラウスおじいちゃんとダムラウです。

楽しみです。

 

 

 

 

それでは、皆さんご一緒に!

 

 

 

 

えふげーえーにー!あにぇーぎん!!

(なんでパーカー着てるの?ってね。)

所定の場所から再生できるの便利)

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